トクイテンメルマガ 第20号
こんにちは、トクイテンの森です。
収穫ロボットの開発の一環として、開発中のエンドエフェクタ(トマトを実際に掴んだりして収穫する先端部分)の試験をトマト農家を訪問してテストしてきました。やってみるとすぐに「ああ、確かに」分かることでも、やる前にはぼんやりとしか認識できていなかったことが分かります。
アームはまだできていないので、手で角度を変えたり、押したり引っ張ったりと色々な条件を試しながら、改良方法を模索しました。
科学的ロボット開発
ロボット開発は(毎回少しづつ違う)未知の現場を相手にするため試行錯誤が不可欠ですが、ロボット開発の一部ともいえる機械設計や製作という行為はそれとは少し矛盾するところがあります。機械の制作には時間がかかることや作ってもすぐに壊れては試験もできないので、物理学や幾何学と客観的な数値を使って設計する技術を機械工学を学ぶ中で身につけていきます。優秀な機械技術者は客観的な数値で設定される設計仕様と既存の機械技術を結びつけてかなりの試行錯誤を頭の中で終えて、場合によっては一発で上手く動作させます。もちろん、機械設計も製作後に試験をして、実験的に得られた数値から改善点を考えますし、その過程は試行錯誤的な部分もありますが、極力その試行錯誤を無くすように考え尽くした設計を目指しています。
最近、経験ある優秀なロボット技術者であり研究者の方と話したのですが、「農林業用のロボットを開発する際の問題は客観的な数値がないことだ。樹木を切り倒すのに必要な力が何ニュートンなのか誰も答えられなかった。ロボットベンチャーで失敗するパターンとして、ハードウェア開発もアジャイル(試行錯誤的)にやろうとしすぎていることだ(スピードアップどころか、完成しない)。」ということを仰っていました。木を切り倒すような大きな力が必要な機械をテストするたびに何度も作り直していては追いつきません。理論と客観的数値を基に考え尽くすことで試行錯誤をなくし最初から完璧な製品を目指す。なるほど、スタートアップ界隈でよく言われる「素早い試行錯誤(A/Bテスト)で事業を進めろ」という格言(?)とは正反対の考え方かもしれません。
試行錯誤的・経験的ロボット開発
Twitterに「あの人」というアカウントがあります。このアカウントは森の博士号の審査委員でもあった廣瀬通孝先生の研究室の中の人が作っている廣瀬先生の名言集なのですが、その中に水の中でスピーカーが鳴るかという疑問を延々と議論する技術者の話が出てきます。
議論するより、やってみれば良いという小話なのですが、様々なことに示唆的です。今回のトマト収穫ロボットのテストでも、考えればわかったかもしれないが、やればすぐに分かったことがありました。そこで実感したことは実はある論文に書いてあることだったりするのですが、やる前には理解の解像度が低く重要性が分かっていませんでした。
今回のエンドエフェクタの設計・製作でも数値的・幾何学的に考えた設計を一度作ってみたのですが、実際に作ってみると特定の状況が揃わないとその理論的な条件が満足されないことが分かり、作り直す場面がありました。今回は設計を現実に則して考え直したのですが、一般論として、数値として設定できる仕様はある特定の条件設定でしか意味のないものなのに、その条件設定が現実の利用条件に則していない場合、現実が間違っているかのような錯覚に陥ることがあるようです。これは、技術者/研究者が気がつかないうちにハマってしまう罠で、ロボット工学はこの罠にハマっては抜け出すことを歴史的に繰り返しているように思えます。
最近は3Dプリンタなどの技術により、機械技術についての試行錯誤が圧倒的にやりやすくなりました。ただ、最近自分の研究でも、強度が必要になる部分で、形ができたとしてもすぐ壊れてしまい試行錯誤さえできないということも経験しています。
ここ最近の経験や議論を通じて、経営者として技術開発を主導する際にはこのバランスに気をつけないといけないと改めて認識できました。分かっている範囲のことは徹底して考えて実際の試行錯誤を極力減らし、本当に未知のことに時間をたっぷり割けるようにする。これが組織としての強みになっていくように考えています。